「子どもの病気が自分にうつるなんて」という慢心が、これほどまでの苦しみをもたらすとは夢にも思っていませんでした。私の地獄は、三歳の娘が保育園で水疱瘡をもらってきた十日後に始まりました。娘は二日の微熱ですっかり元気になりましたが、私はある日の夕方、突然の悪寒と身体中の節々の痛みに襲われました。検温すると一気に三十九度五分。最初はインフルエンザを疑いましたが、翌朝、鏡を見た私は自分の顔に数個の不気味な赤い点を見つけ、絶望しました。そこからの数日間は、まさに生き地獄でした。赤い斑点はみるみるうちに全身へ広がり、数時間で透明な液を湛えたパンパンの水ぶくれに変わりました。顔、背中、腕、そして足の裏にまで。特に口の中にできた無数の水疱が潰れ、激しい潰瘍となったときは、自分の唾液を飲み込むことさえ刃物を飲み込むような痛みに変わりました。何日もまともな食事が摂れず、高熱で意識が朦朧とする中、身体中を駆け巡る「焼き付くような痒み」に襲われました。掻いてはいけないと分かっていても、精神が崩壊しそうなほどの痒みです。保冷剤を何個も体に縛り付け、布団の中でただ時が過ぎるのを待つしかありませんでした。医師からは「大人がかかると肺炎のリスクがある」と厳重に注意され、毎日血中酸素濃度を測る日々。自分がこれまで仕事で積み上げてきたキャリアや、平穏な日常が、たった一つのウイルスによって完全に停止させられた無力感は、肉体的な苦痛以上に私を打ちのめしました。発症から一週間、ようやく熱が下がり、水疱がしぼんで黒いかさぶたへと姿を変え始めましたが、鏡に映る自分の顔は、無数の黒い斑点に覆われ、まるで異形の怪物のように見えました。このかさぶたがすべて剥がれ落ちるまで、さらに三日。仕事に復帰したとき、同僚たちの「大変だったね」という言葉が、どこか遠い世界の出来事のように感じられるほど、私の十日間は外界から遮断された孤絶した時間でした。今でも額には小さな凹み跡が一つ残っています。それを見るたびに、健康のありがたさと、大人の水疱瘡の恐ろしさが蘇ります。もし、これを読んでいるあなたが、まだ水疱瘡を経験していない、あるいは抗体があるか不安だというなら、一刻も早く病院へ行ってください。あの地獄のような苦しみは、数千円のワクチン一回で回避できたはずのものなのですから。