その日の朝、私は左の胸に小さな違和感を覚えました。少し硬い部分があり、触れると打ち身のような鈍い痛みがありましたが、初めての育児に追われていた私は「よくある乳口炎だろう、たくさん飲ませれば治る」と軽く考えていました。しかし、昼過ぎになると状況は一変しました。急に激しい寒気に襲われ、ガタガタと身体が震え始めたのです。真夏だというのに毛布を被っても震えが止まらず、熱を測ると瞬く間に三十九度を超えていました。それと同時に、左胸の痛みは「触れるだけで叫びたくなるような激痛」へと変わりました。鏡を見ると、胸の半分が真っ赤に腫れ上がり、まるで熱い石を埋め込まれたような熱を持っていました。私はパニックになりながらも、まだ「病院へ行くタイミング」ではないのではないか、赤ちゃんの預け先はどうしよう、そんなことばかりを考えて躊躇していました。しかし、夫に促されるようにして受診した産婦人科で、私は自分の認識の甘さを痛感することになりました。先生は私の胸を一目見るなり「これはかなり重症の化膿性乳腺炎です。あと数時間遅れていたら、入院して切開手術をしなければならないところでしたよ」と厳しい顔で仰いました。処置室で乳腺の詰まりを取り除いてもらう時間は、これまでの人生で経験したことのないほどの痛みでしたが、それ以上に、自分の不調を放置して赤ちゃんにまで心配をかけたという申し訳なさで涙が止まりませんでした。点滴を受け、強力な抗生物質を処方された帰り道、私はあんなに重かった身体が少しずつ軽くなっていくのを感じました。結局、完治までには二週間近い通院が必要となり、その間は薬の影響で授乳の制限もあり、非常に辛い思いをしました。もしあの日の朝、しこりを見つけた瞬間に「念のために」と病院へ行っていれば、あんなに高熱にうなされることも、激しい処置に耐えることもなかったはずです。多くの母親は、自分の痛みにはどこまでも耐えてしまおうとしますが、乳腺炎に限っては「我慢」は美徳ではなく、状況を悪化させる毒でしかありません。私がこの経験から得た教訓は、胸に熱を持ったしこりを感じ、少しでもだるさが出たら、それが病院に行くべき絶対的なサインだということです。育児は長期戦です。母親が倒れてしまっては、家庭の歯車が止まってしまいます。自分の身体の異変に対して、誰よりも敏感に、そして誰よりも早く行動することが、結果として家族全員の笑顔を守ることに繋がるのだと、あの夏の激痛の記憶とともに心に刻んでいます。
激痛の乳腺炎を経験して学んだ早めの通院の大切さ