ある月曜日の朝、着替えをさせていた息子の背中に見つけた一つの赤いポツポツ。それがすべての始まりでした。当初は「また虫に刺されたのかな」程度に軽く考えていたのですが、保育園から帰ってきた息子の姿を見て、私は絶句しました。朝は一つだった赤い斑点が、胸やお腹、そして顔の周りにまで無数に広がっていたのです。熱を測ると三十八度五分。慌てて小児科へ駆け込むと、先生は息子のシャツをめくった瞬間に「典型的な水疱瘡ですね」と仰いました。そこから一週間にわたる、親子での隔離生活と痒みとの戦いが幕を開けました。翌日には発疹はさらに増え、中心がぷっくりと膨らんだ透明な水ぶくれへと変わっていきました。息子は「痒い、痒い」と泣き叫び、手袋をさせても隙を見ては体を擦り付け、痒みに悶絶していました。病院から処方された白い塗り薬、カチリを全身に点置きするように塗ると、息子はまるで白い水玉模様のようになり、その痛々しい姿に胸が締め付けられる思いでした。特に口の中にまで水疱ができたときは、食事はおろか、大好きなジュースを飲むことさえ拒み、脱水症状にならないか気が気ではありませんでした。夜も痒みで何度も目を覚まし、親子ともに疲労は限界に達しました。水疱瘡の症状の恐ろしさは、単に見た目が酷くなるだけでなく、本人の理性を奪うほどの執拗な痒みにあります。三日目を過ぎる頃、ようやく新しいポツポツが出なくなり、最初にできた水疱が少しずつしぼんで、乾燥し始めました。一つ、また一つと黒いかさぶたに変わっていく様子を、私は祈るような気持ちで観察し続けました。結局、すべての発疹がかさぶたになり、登園許可証をもらえたのは発症から八日後のことでした。一週間のブランクは仕事を持つ身にはあまりに重いものでしたが、それ以上に、高熱と痒みに苦しんだ息子の姿を見て、もっと早くワクチンで防いであげればよかったという後悔の念が消えませんでした。治った後もしばらくは皮膚に赤みが残りましたが、根気強く保湿を続けたおかげで、今では跡も目立たなくなっています。この経験を通じて、水疱瘡という病気が家族全体に与える衝撃の大きさを痛感しました。