それは昨年の秋、ポストに届いた一通の封筒から始まりました。毎年受けている健康診断の結果、そこには「境界型糖尿病・要経過観察」という見たことのない文字が並んでいました。数値を見ると、空腹時血糖値が百十二。正常範囲をわずかに超えただけのその数字を、最初は「昨日の夕食が遅かったせいだろう」と自分に言い聞かせて、ゴミ箱に捨てようとさえ思いました。しかし、ネットでその意味を検索してみると、そこには「糖尿病予備軍」「血管の老化の始まり」という不穏な言葉が溢れており、私は次第に言いようのない不安に支配されていきました。それまでの私の生活は、お世辞にも健康的とは言えませんでした。仕事のストレスを言い訳に、深夜のラーメンやコンビニスイーツを楽しみ、休日はソファーから動かない。そんな蓄積が、私の膵臓を疲弊させていたのです。病院を受診すると、医師は「あなたは今、崖っぷちに立っています。でも、ここから一歩戻るか、そのまま落ちるかはあなた次第です」と静かに告げました。その日から、私の「脱・予備軍」への挑戦が始まりました。まず取り組んだのは、食事の順番を変える「ベジタブルファースト」の徹底です。サラダから食べ始め、糖質を最後に回すというシンプルなルールですが、これが意外にも空腹感のコントロールに役立ちました。また、一日の歩数を八千歩に設定し、エスカレーターではなく階段を使うことを自分に課しました。最初の数週間は、これまで当たり前だった甘い飲み物や白いご飯への渇望が強く、何度も挫折しそうになりました。友人との外食でも、自分だけがカロリーを気にしている疎外感に苛まれ、精神的な葛藤が続きました。しかし、三ヶ月後の再検査で、百十二だった数値が百三へと改善し、体重も三キロ減少したとき、私の心の中に「自分の身体は変えられる」という確かな自信が芽生えました。境界型糖尿病という宣告は、私にとって死刑宣告ではなく、むしろ「このままではいけない」という人生の目覚まし時計だったのだと今では思えます。もちろん、今でも油断をすれば数値はすぐに跳ね上がるでしょう。しかし、自分の血糖値の癖を知り、身体の声に耳を傾ける習慣がついたことは、何物にも代えがたい財産となりました。この「境界線」に留まっているうちに気づけた幸運を噛み締めながら、私は今日も一歩一歩、健やかな明日へと続く階段を登り続けています。
健康診断の結果から始まった私の生活改善と葛藤の記録